企画のための思考法ハイブリッド設計
広告代理店プランナーとして、日々の業務で新しい企画やアイデアの創出に頭を悩ませることは少なくないでしょう。多様化するクライアントのニーズ、変化の速い市場環境、そして既存の思考パターンからの脱却。これらは、単一の思考法だけでは対応しきれない複雑な課題として立ちはだかることがあります。
このような状況を打開し、より柔軟で創造的な発想を生み出すためには、複数の思考法を組み合わせる、「思考法ハイブリッド」のアプローチが非常に有効です。本稿では、企画のための思考法ハイブリッドをどのように設計し、実践するかに焦点を当て、その具体的な方法論と応用例をご紹介します。
なぜ思考法を組み合わせる必要があるのか
思考法には、ロジカルシンキング、デザイン思考、ブレインストーミング、SCAMPER、KJ法、曼荼羅ートなど、様々な種類が存在します。それぞれの思考法は、特定の目的や課題解決のフェーズに最適化されています。
- ロジカルシンキング: 課題を構造的に分析し、論理的な結論を導くのに適しています。
- ブレインストーミング: 自由な発想で多くのアイデアを生み出すのに役立ちます。
- デザイン思考: ユーザー中心のアプローチで、課題発見からプロトタイプ作成までを行います。
しかし、実際の企画立案プロセスは、課題の分析からアイデア発想、具体化、検証まで多岐にわたります。一つの思考法だけでは、プロセスの特定の段階にしか対応できない場合や、特定の種類のアイデアしか生まれにくいといった限界が生じることがあります。
複数の思考法を組み合わせることで、それぞれの強みを活かし、弱点を補い合うことができます。これにより、以下のようなメリットが期待できます。
- 複雑な課題への対応力向上: 課題の分析(ロジカルシンキング)から、多角的なアイデア発想(ブレインストーミング、SCAMPER)、そして具体化・検証(デザイン思考)といった一連のプロセス全体をカバーできます。
- 発想の幅と深さの拡大: 発散的な思考法と収束的な思考法、論理的なアプローチと直感的なアプローチを組み合わせることで、より多様で斬新なアイデアを生み出しやすくなります。
- 既存思考からの脱却: 普段使い慣れた思考法とは異なるアプローチを取り入れることで、新鮮な視点や予期せぬ発見が得られます。
思考法ハイブリッドの基本的な考え方とパターン
思考法を組み合わせる基本的な考え方は、「異なる性質を持つ思考法を、目的やフェーズに応じて意図的に組み合わせる」という点にあります。主な組み合わせパターンとしては、以下のようなものが考えられます。
- 発散 → 収束:
- まずブレインストーミングやSCAMPERなどで大量のアイデアを発想(発散)。
- 次にKJ法や親和図法、またはロジカルシンキングでアイデアを整理・分類し、有望なものを選定(収束)。
- 企画立案の初期段階や、多様な選択肢を生み出したい場合に有効です。
- 論理 → 直感(またはその逆):
- ロジカルシンキングで課題や現状を論理的に分析し、構造を理解する。
- その上で、デザイン思考の empathize(共感)フェーズでユーザーの感情や隠れたニーズに触れたり、強制連想法などで非論理的なアイデアを生み出す。
- あるいは、直感的に閃いたアイデアの妥当性をロジカルシンキングで検証する。
- 既存の枠にとらわれない斬新さと、実現可能性の両立を目指す場合に有効です。
- 個別 → 全体(またはその逆):
- KJ法で個々の断片的な情報を整理し、そこから全体像や構造を見出す。
- あるいは、まず全体像(ビジネスモデルキャンバスなど)を描き、その構成要素(個別)ごとにアイデア発想を行う。
- 複雑な情報や要素が絡み合う課題の整理、または全体最適を考慮した企画立案に有効です。
これらのパターンはあくまで一例であり、実際の企画課題に応じて柔軟に組み合わせ方を設計することが重要です。
企画現場における思考法ハイブリッドの実践例
広告代理店の企画立案プロセスにおける、具体的な思考法ハイブリッドの適用例をいくつかご紹介します。
例1: 新規キャンペーンコンセプト開発
- 課題: 若年層向け商品の、従来のイメージを覆す新しいキャンペーンコンセプトを開発したい。
- 組み合わせ: デザイン思考 + SCAMPER + ブレインストーミング
- プロセス:
- デザイン思考(Empathize, Define): ターゲット層のインサイトを深く理解するため、デプスインタビューやエスノグラフィ調査を実施。彼らの日常の悩み、価値観、商品に対する潜在意識などを共感的に探ることで、真の課題(定義)を設定します。
- SCAMPER(Ideate): 定義された課題に対し、SCAMPERの各チェックリスト(Substitute, Combine, Adapt, Modify, Put to another use, Eliminate, Reverse/Rearrange)を用いて、既存の商品やコミュニケーション手法を起点に強制的にアイデアを発想します。これにより、既存の枠にとらわれない多様な視点が得られます。
- ブレインストーミング(Ideate): SCAMPERで生まれたアイデアの種や、調査で得られたインサイトを刺激材として、チーム内で自由にブレインストーミングを実施。質より量を重視し、批判を禁止して発想を広げます。
- デザイン思考(Prototyping, Test): ブレストで生まれたアイデアの中から有望なものをコンセプトとしてまとめ(プロトタイプ)、ターゲット層に提示してフィードバックを得ます(テスト)。このフィードバックを基にコンセプトを洗練させます。
- 効果: ユーザーインサイトに基づいた課題設定(デザイン思考)と、強制的なアイデア発想手法(SCAMPER)、自由な発想の促進(ブレインストーミング)を組み合わせることで、ターゲットに響く、これまでにないキャンペーンコンセプトを生み出す可能性が高まります。
例2: 複雑なクライアント課題の解決策提案
- 課題: クライアントの売上低迷に対し、単なる広告出稿ではない、事業構造や顧客体験に関わる抜本的な解決策を提案したい。
- 組み合わせ: ロジカルシンキング + ビジネスフレームワーク + デザイン思考
- プロセス:
- ロジカルシンキング: クライアントの事業データ、市場データ、競合情報などを収集・分析し、売上低迷の構造的な要因を論理的に特定します(例: 顧客セグメント別のLTV分析、カスタマージャーニーの離脱ポイント分析など)。MECEやロジックツリーなどの思考ツールが役立ちます。
- ビジネスフレームワーク: 特定された構造的な課題に対し、SWOT分析、3C分析、ファイブフォース分析、ビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを用いて、外部環境、内部資源、収益構造などを多角的に整理・分析します。これにより、課題の全体像と打つべき施策の方向性が見えてきます。
- デザイン思考(Ideate, Prototyping): フレームワーク分析で得られた知見や課題定義を踏まえ、顧客体験の向上や新しい価値提供のアイデアを発想します。顧客視点に立ち戻り、ジャーニーマップやサービスブループリントなどを用いて、具体的な顧客体験のデザインや、それを実現するサービス・プロダクトのアイデアを検討・プロトタイプ化します。
- 効果: 論理的な分析と構造理解(ロジカルシンキング、ビジネスフレームワーク)を土台としつつ、顧客視点からの課題解決と新しい価値創造(デザイン思考)を組み合わせることで、クライアントの複雑な事業課題に対し、実現可能かつ顧客に響く、包括的な解決策を提案できます。
これらの例のように、課題の性質や企画プロセスのフェーズに応じて、最適な思考法を複数選び、組み合わせることで、より効果的で質の高いアウトプットを目指すことが可能となります。
思考法を組み合わせる際の選択基準と注意点
思考法ハイブリッドを成功させるためには、闇雲に組み合わせるのではなく、いくつかの基準をもって選択することが重要です。
- 解決したい課題の種類: 分析が必要なのか、発想を広げたいのか、ユーザー視点が重要なのか、など、課題の性質によって適切な思考法は異なります。
- 企画プロセスのフェーズ: 課題発見、アイデア発想、具体化、検証など、現在どの段階にあるかで、適した思考法は変わります。
- 参加者の特性と人数: チームメンバーの得意な思考スタイルや、参加人数によって、ブレインストーミングのような集団討議が向いているか、KJ法のような個人作業からの集約が向いているかなどが変わります。
- 利用可能な時間とリソース: 複雑な思考法やワークショップ形式のアプローチは時間と準備が必要な場合があります。
また、組み合わせる上での注意点としては、以下の点が挙げられます。
- 目的意識を明確に: なぜその思考法を組み合わせるのか、その組み合わせで何を得たいのかを明確にしましょう。目的なく思考法を適用しても、混乱を招くだけです。
- 思考法のルールを理解する: それぞれの思考法には固有のルールや手順があります。それらを正しく理解し、適切に適用することが重要です。
- 柔軟に対応する: 計画通りに進まないこともあります。途中で手詰まりを感じたら、別の思考法を追加したり、組み合わせ方を変えたりする柔軟性を持つことが大切です。
継続的な思考力向上のために
思考法ハイブリッドは、一度試せば万全というものではありません。日頃から多様な思考法に触れ、実際に使い、自分自身の「思考の引き出し」を増やす努力が重要です。
- 新しい思考法を学ぶ習慣を持つ
- 学んだ思考法を、小さな企画や個人的な課題で試してみる
- チーム内で異なる思考法を用いたワークショップを企画・実施する
- 他業種や異分野の事例から、思考法適用のヒントを得る
これらの積み重ねが、いかなる企画課題に対しても最適な思考法を組み合わせ、突破口を見出すための羅針盤となるはずです。
まとめ
現代の広告代理店プランナーが直面する課題は複雑であり、単一の思考法だけでは限界があります。企画の目的やフェーズに応じて、複数の思考法を戦略的に組み合わせる「思考法ハイブリッド」は、発想の幅を広げ、より効果的な問題解決を可能にする強力なアプローチです。
本稿で紹介した組み合わせ例や選択基準を参考に、ぜひご自身の企画業務で思考法ハイブリッドを実践してみてください。多様な思考法を操り、組み合わせるスキルは、今後のプランナーにとってますます重要になるでしょう。思考の羅針盤を研ぎ澄ませ、常に新しい価値創造を目指していきましょう。